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釧路地方裁判所 昭和32年(わ)149号 判決

被告人 村田治

大二・三・二八 国鉄職員

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、日本国有鉄道機関車労働組合釧路支部副執行委員長であるが、昭和三二年五月一一日北海道中川郡池田町所在国鉄池田機関区において、春季闘争責任者処分反対闘争を実施した際、同日午前八時五七分右機関区出区の世良田政一機関士の乗務する第五九六七二号機関車の出区を妨害し、同日午前九時七分池田駅発釧路駅行第九四八七臨時貨物列車の発車を遅延させることを企て、組合員数十名と共謀のうえ、午前八時五〇分ころから午前九時三〇分ころまでの間、右機関区南出区線上およびその附近において、右機関車の進路上に立ちふさがつてスクラムを組み、ワツシヨイ、ワツシヨイと気勢をあげ、あるいは坐りこむ等して多数の威力を示し、よつて同機関車の出区を約三二分間遅延させ、かつ右列車の同駅定時発車を約二八分間遅延させ、もつて威力を用いて日本国有鉄道の輸送業務を妨害したものである。」というのであるが、以下挙示するところの証拠によると、次のような諸事実を認めることができる。すなわち、

(1)  本件第六ないし第九回公判調書中証人小林久の供述記載部分、第九ないし第一一回公判調書中証人北村道明の供述記載部分、第一二回公判調書中証人佐藤守の供述記載部分、領置してある支部闘争指令第四一号(昭和三三年領第三二号の九)および連絡日誌(同号の一三)に、被告人の当公判廷における供述ならびに同人の検察官に対する供述調書等によると、日本国有鉄道機関車労働組合釧路支部(以下支部と略称する。)の一部執行委員らは、組合本部の指令に基づき、昭和三二年五月九日連絡会議を開き、「春季闘争の際の責任者の処分に反対し、かつ、仲裁裁定の実施および職場環境の改善を要求するため、同月一一日池田分会において、午前中三時間にわたり職場大会を開催し、同大会には乗務員を参加させることを効果的に勘案し、列車に充分影響を与えること」を決定し、その旨を即日同分会に対し指令したこと、同月一〇日開かれた支部執行委員会および支部闘争委員会においては、前日の決定事項を確認するとともに、右職場大会に参加させる乗務員は、同月一一日午前九時七分池田駅発第九四八七臨時貨物列車の乗務員である機関士世良田政一、機関助士石川治の両名のみとすることとしたが、同人らをどの程度職場大会に参加させるかは、当日東京から帰る予定の執行委員長小林久に一任することとし、また、池田分会に対しては、右の点について、支部闘争委員会にまかせてもらうよう、了解がなされていたことが認められる。

(2)  前掲各証拠(ただし、支部闘争指令および連絡日誌を除く。)に、証人富川昇、同世良田政一の当公判廷における各供述および検察官作成の検証調書を総合すると、同月一一日朝職場大会開催に先だつて、東京から帰つてきた小林は、執行委員北村道明から従来の経過に関する報告を受け、かつ、被告人からも説明を聞きこれを了承したこと、その後午前八時四〇分ころ、給水線上の第五九六七二号機関車に乗つていた世良田、石川の両名は、富川昇に呼ばれ、相前後して、任意に職場大会に参加したこと、他方職場大会に集まつていた組合員中、非番公休者は外に出るようにという指示で、会場である会議室の外に集合した約五〇名を被告人が誘導して南出区線上に至つたことが認められる。

(3)  そして右(2)の各証拠と証人安田重吉、同加藤邦俊の当公判廷における各供述および司法警察員作成の実況見分調書からは、当時右南出区線上には、安田、内藤両助役によつて第五九六七二号機関車が誘導されてきており、他方、世良田、石川の両名は、池田分会副委員長加藤邦俊に断わつて、職場大会の会場を出て、右機関車に乗りこんだこと、そうして、被告人は、誘導してきた組合員約五〇名とともに、同機関車の進行方向の線路上に立ちふさがり、数回にわたつてスクラムを組み、ワツシヨイ、ワツシヨイとかけ声をかけて気勢をあげ、その間には、二、三回休息をしたが、同線路内で休息する者もいたため、機関車を運転進行させることは不可能であり、結局、右のような状態が午前九時三〇分ころまでつづいたこと等が認められる。

(4)  山田稔作成の「臨時貨物列車のけん引車両数及び積載貨物の内容について」と題する書面、池田機関区長三坂大伊作成の「列車の運転時分について」と題する書面、「運転事故報告手続」と題する書面、証人山田誠一、同世良田政一の当公判廷における各供述および中尾正の検察官に対する供述調書によると、本件臨時貨物列車は、池田駅を二八分遅れて午前九時三五分に発車し、本来上り列車と豊頃駅で行き違いすべきであるのに、本列車は、一区間手前の十弗駅で行き違いしたが、途中次第に遅延を回復し、大楽毛駅に到着した際は、三分の遅延にとどまつたところ、同駅ですれ違いの列車との待合せのため九分遅れて発車し、結局、目的地である釧路駅には、八分遅延して到着したこと、右遅延は、他の列車に影響を及ぼさなかつたこと、ところで、右貨物列車は、四七両の定数のところ、一三両をけん引していたのみであり、本来、運転を中止すべき程度のものであつたこと、また、その積載貨物も、全部釧路以遠を目的地とし、かつ、急を要するものは存在しなかつたこと、貨物列車については、通常、遅延に関し、約三〇分位の余裕をみてあり、従つて、国鉄内部においては、三〇分未満の遅延を事故として取り扱つていないこと等が認められる。

(5)  ところで、本件ピケツトラインがどのような目的ないし意図に基づくものであるかを考えてみるのに、前掲証拠によつて認められる次のような諸点、すなわち、世良田、石川の両名が前示機関車に乗りこむ時には、被告人の誘導してきた組合員らがその附近にいたにもかかわらず、世良田らは、なんらの阻止も受けなかつたこと、右世良田らの乗りこむ時は、出区すべき午前八時五七分よりも数分前であつたこと等からは、弁護人主張のように、当初、本件ピケは、出区規制を意図していたのではないかという疑いもあるが、他方、職場大会開催に関する、組合本部の指令の趣旨、出区規制を行なうことを決定した時期に関する各証人の述べるところが矛盾していること、世良田らを職場大会から退出させるについては、小林の裁量にまかせられていたにもかかわらず、加藤は自己の判断で、同人らを退出させたことおよび被告人の検察官に対する供述調書を考え合わせると、当初から、世良田、石川の両名を職場大会に復帰させるためのピケではないかとも考えられる。しかし、この点はいずれであるにしても、出区時間である午前八時五七分を経過したころからは、出区規制ということは、なんらの意味をもたず、他方、右出区時間までは、本件ピケによる業務妨害の危険があるとの証拠もみられないのであるから、この点に関する争いは、本件判断に影響するところはないものと考える。そうして、少なくとも、出区時間を過ぎる午前八時五七分ころからは、小林において、世良田、石川の両名に対し、職場大会に復帰するよう説得するとともに、機関区長らには、代替要員によつて機関車を運転するよう交渉をつづけ、その間、被告人は、北村道明を通じて、小林の意を受け、前認定のようなピケツトラインの指揮をとつたことが認められる。

よつて考えてみるのに、右のような被告人の行為は、前示のような事実関係からみれば、一応、刑法二三四条の規定に触れるものといえよう。そこで、次に、右行為が可罰的違法性を有するかどうかについて検討することとする。

(一)  まず、当該行為が、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する。)の適用がない場合に、適法なものであるか否かを考えてみると、他人の業務の遂行行為に対し、不法に、その自由意思を抑圧し、あるいは、その財産に対する支配を阻止することが許されないことはもちろんであるが、組合側の了解を得たうえ、中途から争議行為をぬけ出した組合員によつて、右業務の遂行行為がなされる場合には、諸般の事情を考慮して、違法であるかどうかを決しなければならない。ところで、本件においては、前認定のような経過で、三〇分余の間、組合員ら約五〇名が出区しようとする機関車の線路上にスクラムを組んで立ちふさがり、ワツシヨイ、ワツシヨイと気勢をあげたり等したものであるが、執行委員長の小林久は、出区線上の機関車に乗り組んだ組合員である世良田政一、石川治の両名に対し、再び職場大会に出席させるべく説得し、その間被告人は、北村執行委員を通じて、右小林の意を受け、組合員らを指揮して前示行為を行なつたものであり、かつ世良田、石川の両名が機関車に乗り組んで出区の態勢を整えていた以上、右行為は、組合の統制の下に、団結して労働契約上負担する労務供給義務を履行しないためにとられたものであつて、不相当ということはできず、いまだ正当な範囲を逸脱したものとはいえない。

(二)  次に、公労法の適用がある労働組合において、同法の適用により、前記(一)に対し、何らかの修正ないし変容を加うべきものがあるかどうかについて考えるに、なる程、公労法一七条一項は、同盟罷業等の争議行為を禁止しており、従つて、かかる禁止された争議行為には、一応労働組合法一条二項の適用はないものというべきであろう。しかし、同規定は、単に注意的な法意にとどまるから、右規定の適用がないからといつて、ただちに、刑法三五条の適用がなく、可罰的違法性があるものと即断することはできない。すなわち、公労法一七条一項は、当該行為をした職員に対する解雇事由として規定されており、当該行為者自体に対する罰則は存在せず、国家は、刑事上当該行為に際し、干渉しない態度をとつている。そして、公労法は、公共企業体の業務の正常な運営を確保することによつて、公共の福祉を増進し、擁護しようとするものである。これらの点を考え合わせると、公労法上違法とされる争議行為であつても、刑事上は、刑法各本条等の処罰規定に該当する違法有責な行為でない限り、これを処罰しない建前であり、また、それをもつて足りるとしているものと解するのが相当である。

そして、公労法一七条一項は、本来、適法であるべきものを禁止し、これによつて公共の福祉を守ろうとするものであるから、これによつて間接に保護される公共企業体あるいはこれに使用される者の業務に対する妨害も、公共の福祉に対する侵害、またはその虞れがはなはだ軽微である場合には、法秩序全体の精神に照らし、いまだ反社会的なものということはできず、従つて、可罰的違法性があるということはできない。ところで、本件において、その対象となつたものは、旅客列車もしくは定期貨物列車ではなく、臨時貨物列車であり、かつ、本来運転を中止すべきものであつたこと、本件貨物列車の遅延は、他の列車に影響を及ぼさなかつたこと、また、当該列車には、なんら緊急を要するものは積載されておらず、その遅延は、国鉄内部においても、事故として取り扱わない程度のものであつたこと等と、他方被告人らの本件行為の態様が前認定のとおりであることを比較対照して考えると、その国民経済および一般国民の利便、すなわち、公共の福祉に及ぼした影響は、きわめて軽微というべく、公共企業体等の業務が侵害された程度もまた軽微であつて、いまだ反社会的な行為とするには足りず、可罰的違法性がないといわなければならない。

以上のとおりであるから、本件公訴事実は、結局違法性がなく罪とならないので、刑事訴訟法三三六条により、被告人に無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 草場良八 武智保之助 梶本俊明)

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